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高知簡易裁判所 昭和33年(ハ)544号 判決

判  決

原告

右代表者法務大臣

植木庚子郎

右指定代理人高松法務局訟務部長

大坪憲三

同 同法務局訟務部附検事

村重慶一

高知県高岡郡佐川町古畑耕一五九八番地

被告

新田健一

右訴訟代理人弁護士

三宮重教

右当事者間の昭和三十三年(ハ)第五四四号売掛代金請求事件について左の通り判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告指定代理人は「被告は原告に対し(一)金六〇、〇〇〇円、(二)金一三〇、〇〇〇円に対する昭和二十五年九月十六日以降同年十二月三日まで並びに金六〇、〇〇〇円に対する同月四日以降完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員、を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、原告の所轄官庁である高知刑務所は昭和二十五年六月中旬頃被告との間に次の内容の雑魚袋の売買契約を締結した。

(イ)  高知刑務所はその製造にかかる雑魚袋を被告に対し

二二、七三九枚を一枚につき金一円五〇銭

七三、七六二枚を一枚につき金一円三〇銭

右代金合計一三〇、〇〇〇円

を以て売渡す。

(ロ)  現品は高知刑務所において製造ができ次第被告に引渡すこととし、被告は刑務所の発行する納入告知書に基きその代金を指定の納期日に支払う。

二、高知刑務所は右約旨に基き同年六月十九日被告に対し現品全部を引渡し、同年九月五日被告に対し同月十五日を納期日とする代金一三〇、〇〇〇円の納入告知書を交付した。

三、ところが被告はその後同年十二月四日に至り、右代金の内金七〇、〇〇〇円を支払つたのみで爾余の支払いをしないから、残代金六〇、〇〇〇円と、金一三〇、〇〇〇円に対する右納期の翌日以降同年十二月三日までに金六〇、〇〇〇円に対する同月四日以降完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べ、被告の仮定的時効の抗弁に対し

本件売買代金債権は民法第一七三条第一号所定の生産者の産物の売却代金にはあたらない。右にいわゆる生産者とは営業的生産者を意味し、機械等の応用により物を生産することを業とする者を指称するのであつてそのことは学説上も争いがない。

ところが刑務所は受刑者に対する秩序と労働への教育の場であつて、行刑の目的を達成する手段として受刑者に各種の作業を課しているところ、その作業の結果生じた製品を一般に売却処分し、以てその得たる収入を国庫に帰属させるということが行われているのであるが、それは飽くまでも行刑という本来の目的の副次的な結果にしか過ぎないのであつて、その間格別の営利的色彩をもつものではない。なおその売却の価格についても、一般業者を不当に圧迫しないよう市価を基準とし原価を斟酌して定められているのであつて、一般商人におけるが如き利潤追求の観念は全くない。従つて刑務所は同条号にいう生産者ではなく、その製品の売却代金債権は同条所定の短期消滅時効の対象となり得ない。

と述べ、立証(省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告の主張事実をすべて否認し「仮に被告が高知刑務所より原告主張の日その主張の如く雑魚袋を買い受けたとし、かつその主張の日にその主張の如く代金の一部支払いがなされたとしても、生産者たる同刑務所の各代金債権は、原告の主張する履行期日より起算すれば昭和二十七年九月十四日を以て、或はまた代金の一部支払いのなされたという日より起算すれば同年十二月三日を以て、二年の短期消滅時効の完成により消滅している。」と述べ、立証(省略)

理由

一、売買の事実について

(証拠)を綜合すると、高知刑務所はその製造にかかる雑魚袋を昭和二十五年六月十九日被告に対し

(イ)  二二、七三九枚を一枚につき一円五〇銭の割合を以て代金三四、一〇九円で

(ロ)  七三、七六二枚を一枚につき一円三〇銭の割合を以て代金九五、八九一円で

合計代金一三〇、〇〇〇円を以て売渡し、同日現品の引渡しを了して同年九月五日右代金の納入期日を同月十五日と定め、被告に対しその旨の納入告知書を発行して支払いを求めた事実、を認定することができ、(中略)右認定を覆すに足る証拠はない。

二、時効の抗弁について

次に被告主張の時効の抗弁並びにこれに対する原告の主張を検討する。

先ず民法第一七三条第一号にいう生産者とは如何なるものを指すのかを考えるに、それは人力、機械力、自然等を応用して物を産出することを業とする者を指すものと解する。而してこれに該当する者としては第一に利潤追求を目的とするいわゆる営業的生産者を挙げることができ、これを以てその典型的なものとなすべきであろう。しかし右にいう生産者の範囲は、ひとりかかる営業的生産者のみに止まらず、次の如きもひとしくこれに包含するものと解するのを相当とする。すなわち物の生産そのものを本来の目的とせず或る本来的な目的のため営む作業の結果として副次的に物が生産される場合であつても、その生産行為が一般経済社会におけるが如き高度の営利性を有するものでなくとも苟くも物の生産によつて収益をもたらすものであり、しかもその作業が本来的な或る目的の達成を主眼に営まれながらも潜在的にもせよ或る一面においては生産による収益をもたらすことをも究極の目的としているものであるならば、こうした作業を反覆継続して――すなわち業として――物を生産している限り、かかる生産者も同条号にいう生産者に属するものと解すべきである。而してこの場合その生産の主体が国家機関であると私人であるとは問うところではない。

さて刑務所が一般に受刑者に対する行刑目的の達成上これに一定の労役を課し、その生産的作業においてそれぞれ業態に応じて物が生産されていること、その生産が営利目的のために行われているものでないこと、高知刑務所が継続的に反覆して紙及び紙製品等を生産しこれを売却処分していることはいずれも顕著な事実であつて、その生産物並びに生産物の処分代金が行刑作業上の収入として国庫の所得に帰属している事実は監獄法の規定に徴して明らかである。

そこで右事実に基いて判断すると、高知刑務所における紙製品等の生産作業の実態は、物の生産そのものが本来の目的ではなく、受刑者に対する本来的な行刑目的の達成上課せられた労役作業の副次的所産としてそれらの物が生産されていいるのであつて、もとよりその間に一般営業的生産者の如き高度の営利性を有するものではないが、しかしその営みが物の生産による収益までも度外視して行われているものではない。監獄法第二七条第一項によれば「作業ノ収入ハ総テ国庫ノ所得トス」とあり、これは行刑作業上の生産物乃至はそれらの処分代金等の収益がすべて国庫の所得に帰属することを規定しているのであつて、この規定に明らかなように、行刑作業を営む上において収益を生ずべきことは、それが副次的な所産に過ぎないとはいいながら、潜在的にではあるけれども、国家意思として当初よりこれを企図しているものといわなければならない。換言すれば生産作業本来の目的は行刑を主眼として営まれながらも、潜在的な或る一面においては、その生産による収益をもたらすことをも究極の目的として作業されているものといい得るのである。而して同刑務所がこうした生産作業を反覆継続して営んでいる姿は、一般の営業的生産者のそれとは性格内容において相容れないものがあるにしても、国家機関の営む生産の一業務(いわゆる官司業)というのに毫も妨げない。

叙上の観点より本件雑魚袋の代金債権は、同条号所定の生産者の売却した産物の代価に該当するものとなすのを相当とするから、これと見解を異にする原告の所論は採用しない。

してみると本件債権はその履行期より起算するも昭和二十七年九月十四日を以て、或はまた仮に原告主張の一部支払いのなされたという同二十五年十二月四日より起算するも同二十七年十二月三日を以て、いずれにしても同条所定の二年の消滅時効の完成により消滅したものというべきであるから、被告の抗弁は理由があり、原告の請求は一部支払いの事実の有無についての判断を俟つまでもなく失当たるを免れない。

三、結論

よつて原告の請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

高知簡易裁判所

裁判官 市 原 佐 竹

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